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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「改」》熱狂できる改元 (1/2ページ)

 新しい時代「令和」が幕を開けた。正月のように改まった気持ちだ。令和グッズに大型連休とお祝いムードが盛り上がっている。

 新元号が発表された4月1日の熱狂はとりわけすごかった。記者はその日、産経新聞号外の配布員に加わり、張り切ってJR新橋駅前のSL広場前にタクシーで到着したのだが、広場を埋めた人々がドア前に殺到。予想を超えた光景に目を疑った。

 やっとのことでドアを開けると、そこはまるで満員電車。袋から号外が出せない。悲鳴と怒号が飛び交う中、次々と手が伸びて号外が奪い取られていった。無残にも破れてしまったり、何人かが将棋倒しに転倒してヒヤリとしたりする場面も。過去に何度か号外を配っているが、ここまでの状況は初めてだった。 

 平成の幕開けを振り返ると、中学生だった記者には昭和天皇が長いご闘病の末に崩御され、世の中がうち沈んだという印象のほうが強い。

 実際はどうだったのかと当時の紙面をたどると、昭和64年1月7日早朝、産経新聞は「天皇陛下ご危篤」の号外を発行。午前6時33分の悲報を受け、午前9時ごろに「天皇陛下崩御」の号外が配られた。そして、夕刊で「新元号は『平成』」を伝えている。

 夕刊には東京・有楽町で号外を配っている写真もあったが熱狂はもちろんなく、皇居・二重橋前の玉砂利で泣き崩れる人々や、派手な広告が消えた新宿駅など哀悼の様子を主に伝えていた。