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【昭和のことば】それぞれの年代、生き方によって変わることば… 天王山(昭和19年)

 天王山とは、豊臣秀吉が主君である織田信長のあだを討つべく、明智光秀に打ち勝った戦い(山崎の合戦)の舞台である。天王山は京都盆地の西辺にあり、いまでも勝敗を決する重要な局面を、この山を制した戦いになぞらえ、「天下分け目の天王山」と表す。昭和19(1944)年当時は、太平洋戦争の戦局報道に使われ、レイテ島、フィリピン、沖縄、戦局の度に声高らかに叫ばれた。

 この年の主な事件は、「文部省、食糧増産に学徒500万人動員決定」「宝塚歌劇団最終公演にファン殺到」「インパール作戦開始」「6大都市、国民学校学童給食開始」「B29爆撃機、北九州を空襲」「北海道噴火湾東岸で大噴火、昭和新山が発生」「東条英機内閣総辞職、小磯国昭内閣成立」「アメリカ軍、グアム島に上陸。日本軍1万8000人玉砕」「海軍神風特攻隊、レイテ沖で初攻撃開始」など。

 この年の映画は『加藤隼戦闘隊』『あの旗を撃て』。本は三島由紀夫『花ざかりの森』、太宰治『津軽』。この頃、軍事費が国家財政の85%を超えた。戦況に関する流言飛語も急増、戦争の敗色が濃厚となった頃の新聞には、敵軍を「鬼畜米英」とする論調が目立った。

 このことばをどのような思いで聞いてきたかは、それぞれの年代、生き方によって変わる。先の戦争で耳にした人もいれば、ビジネスの真剣勝負の舞台で、自分を鼓舞するよう唱えてきた人もいるだろう。また、ペナントレース終盤の巨人-阪神戦(70年代当時)などの野球中継でしかこのことばになじみがない世代もあるだろう。

 ほどよい緊張感と同時にまた、敗者の悲哀も想起させられる重々しいことば。新元号を迎えた今、若い世代は、このことばをどのように聞いているのだろうか。=敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和19(1944)年の流行歌〉 「勝利の日まで」(軍歌)「ラバウル小唄」(軍歌)「同期の桜」(軍歌)

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