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【追想 堺屋太一】「先生、これは、あきません」 堺屋太一さんの告別式 心に染みた橋下徹氏、安藤忠雄氏の弔辞 (1/2ページ)

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 令和時代は、昭和や平成の蓄積のうえにある。通産官僚や経済企画庁長官、作家、評論家として両時代を牽引した「知の巨人」、堺屋太一(本名・池口小太郎)氏が亡くなって、まもなく3カ月になる。仕事やプライベートで親交の深かった、元NHKキャスターの松平定知氏が追想する。

 2月8日、堺屋太一さんが亡くなった。多臓器不全。享年84。

 10年ほど昔、私はNHKで「その時歴史が動いた」という番組を担当していた。堺屋さんにはゲストとして何度も登場してもらった。今回、その番組関係者から「お聞き及びでしょうが…」と連絡が入った。お聞き及びどころではない、まさに青天の霹靂(へきれき)だった。

 「心臓の具合があまりよくない」という話は、実は少し前から聞いてはいた。でも、こういう時は大抵、「そういうもの」なのだが、今思えばすべてがあとの祭り。お見舞いを兼ねて久しぶりに…と思っていた矢先のことだった。

 83歳の寿命は、今のご時世、決して「不足のない数字」ではない。ただただ、ご冥福をお祈りするばかりである。

 2月17日、日曜日。東京・青山葬儀場で告別式が行われた。私は16日と17日、東京を離れての仕事が入っていた。でも、「葬儀には、ぜひ参加したい」という強い要望を受け入れ、関係者が手を尽くしてくれ、何とか参列できた。

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