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【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】女優・宮城まり子に果たした「約束」 (1/2ページ)

★究極の人心収攬術(10)

 本連載も、今回がいよいよ最終回となる。

 女優の宮城まり子が、障害を持つ子供たちの養護施設「ねむの木学園」を、静岡県掛川市に設立したのは1968(昭和43)年である。ハンディキャップを抱える子供にも「教育を受ける権利」があるとして、当時の厚生省の認可を取り、12人の子供たちで学園をスタートさせたものだった。

 しかし、宮城は数年後、ある行き詰まりを感じた。

 当時、国の養護施設で教育を受ける予算は、小・中学校の年齢までの子供までとなっていたからである。中学を卒業する年齢になると、高校進学どころではなく、卒業後の身の置き所さえ定まらぬというケースも多々あったのだった。宮城は悩んだ末、首相官邸へ“直訴”の電話を入れた。電話口の秘書官に、こう言ったのだった。

 「総理にお目にかかり、直接お話しをさせていただきたいことがあるのですが…」

 時に、72(同47)年9月、田中角栄が首相に就任して2カ月ほどであった。

 2人に面識はなかったが、田中も、NHK紅白歌合戦の常連だった宮城の名前は知っている。超多忙の田中は何とか10分ほどの時間を取り、官邸で宮城と向かい合った。宮城は言った。

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