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韓国・文政権、G20「大阪城」背景の記念撮影に難クセ! 「朝鮮出兵した秀吉の居城」理由に場所変更も!? (2/2ページ)

 「壬辰倭乱」とは秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役(1592~93年)をいう。

 確かに、秀吉は日本では農民から天下人に上りつめ、天下統一を果たした「英雄」だが、韓国では「侵略の象徴」かもしれない。歴史認識の違いは理解するが、大阪城の変遷も学んではどうか。

 大阪城は、秀吉が15年の歳月をかけて造り上げたが、1615年の「大坂夏の陣」で豊臣家の滅亡とともに落城した。その上に盛り土がされ、秀吉の面影はほぼない。

 徳川3代将軍の家光の時代に城は再建されたが、完成から39年後、落雷で天守閣を消失した。その状態が昭和初めまで260年以上も続いた。

 今の天守閣は戦前の1931年、当時、最高の建築工法だった鉄骨鉄筋コンクリート造りで建設された。現在の城の中にはエレベーターもある。

 そもそも、大阪城とサミット会場の国際展示場「インテックス大阪」とは直線距離で約11キロも離れている。

 前出のG20サミット事務局は「どこで各国首脳らが記念撮影するかは検討中だが、サミット会場から大阪城は遠くて見えない。『大阪城が入る構図』にするには他に移動しない限りは難しい」といい、日韓メディアの報道にクビをひねった。

 日韓関係は、韓国国会議長による「天皇陛下による謝罪要求」や、いわゆる「元徴用工」をめぐる異常判決などの「反日」暴挙で史上最悪になっている。

 日韓メディアが報じたとおり、文政権が420年以上前の話を持ち出してゴネるなら、多くの日本人は「来なくて結構」と思うのではないか。

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