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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「無題」》人生いろいろ、先生もいろいろ (1/2ページ)

 最近、高校生の娘は学校で教科担任をしている30代前半の女性の先生に対して手厳しい。いわく、「教え方が下手」「校長におべんちゃら使って昇進した」「生徒が考えていることを全然わかっていない」「理由を丁寧に説明せずに一方的に怒る」「結婚もしていないくせに」-といった具合だ。先生に聞かれたらまずいよ、と注意しつつ、娘が激しい批判に至った経緯を詳しく聞くと、理由はそれなりに理屈が通っていて、言葉遣いや目上への失礼な態度はさておき、納得した。

 とはいえ、そこは親心、「先生に知られたら成績に響くのでは」と心配すると、娘は「そんなヘマ、するわけないじゃん」と即答した。内心「こんな生徒を相手に毎日指導するのか。先生も大変だなあ」と同情した。

 記者も中高時代、総じて教師が苦手だった。特に高校生は心身ともに急激に自立し、進路や将来を真剣に考え始める時期だ。家族以外で日常的に最も身近に接する大人である学校の先生は、彼らの“お手本”として見られる。記者が通った高校には、授業も部活も熱心な先生がいた一方、杓子定規の話し方を平然としたり、講義以外は生徒とほぼ没交渉だったり、決して理想的とはいえない先生も少なくなかった。

「なぜこの人は教師になったのか」と不信感を抱いていたのだと思う。

 理想と現実は大きく異なることは高校生でも分かっているのだが、それでも、一部の先生に不満を抱いていたのは、自分と関わる大人は理想に近い存在であってほしいという希望を持っていたからだろうか。