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【吉田茂という反省】「韓国問題」解決の機会を生かせず 訪日した李承晩をほぼ無視…激怒した李は「反日」徹底 (1/2ページ)

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 評論家で近現代史研究家の阿羅健一氏との対談本『吉田茂という反省』(自由社)を出版した。そこで詳しく語り合っているのだが、吉田茂という政治家は実に「でたらめな首相」だった。「大宰相」といわれているけれど、調べればいかにひどいかが、すぐに分かる。

 あまり知られていないが、吉田首相時代に、韓国が「反日」でなくなり、島根県・竹島も返還されていたかもしれない機会があった。

 韓国大統領の李承晩が、一方的に「李承晩ライン」を設定して竹島を不法占拠したのは1952(昭和27)年1月、サンフランシスコ講和条約が発効する少し前だった。

 その李が53(同28)年1月、李承晩ラインをめぐって起こった日韓の漁業問題や竹島問題を解決しようとして、ひそかに日本を訪ねて吉田に会ったことがあるのだ。

 時はまだ、朝鮮戦争が続いていた。国連軍司令官は、ダグラス・マッカーサーの後任、マシュー・リッジウェイの後を継いだマーク・W・クラークだった。クラークは、日韓の冷たい関係を心配して、吉田と李を会わそうとして、やっと実現した。

 2人は東京にあるクラークの私邸で向かい合った。李は、正式な会談ではないという立場をとりながらも、熱心にしゃべった。

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