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【語り継ぎたい天皇の和歌】天空仰ぎ悲劇と闘った「月の名手」 (1/2ページ)

 昨今、世界で『小倉百人一首』が注目されています。競技かるたの世界大会も開催され、タイ、イタリア、中国、アメリカ、フランス、ハンガリー、ブラジルも参加。本場である日本に勝って優勝したのはフランスでした。今後、ますます地球規模での広がりが予想される『小倉百人一首』。今回は、この『小倉百人一首』に採られている一首を紹介します。

 作者の三条天皇は第67代天皇です。今から1008年前の1011年7月16日に即位。約4年8カ月にわたって在位した時代に権力を誇っていたのが、「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」の歌でも知られた藤原道長でした。眼病を患った三条天皇に何度も譲位を迫った道長。そして、次の天皇となったのが道長の孫だったのです。

 在任期間中、内裏が2度も炎上し、眼病治癒のために高官を神社に派遣しようとしても、なぜか7度にわたって高官が急遽行けなくなってしまう悲劇。高官たちは時の権力者である道長に忖度(そんたく)したのでした。

 こうした中で詠まれた、「わが意に反して生きながらえたらなら、いつか恋しく思い出すに違いない。今宵のすばらしい月を」という一首。『栄花物語』巻12によれば、譲位の前月に詠まれた御製でした。藤原定家はこの一首を踏まえ、「明けぬともなほ面影にたつた山恋しかるべき夜話の空かな」という歌も詠んでいます。

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