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【日本の元気 山根一眞】「はやぶさ2」再着地! 「針先にラクダを通した」JAXA宇宙科学研究所 (2/2ページ)

 午後2時に開始したプロジェクトマネージャの津田雄一さんらコアメンバー5人による会見では、「はやぶさ2」から届いた3枚の画像が披露された。それは、発射した弾丸によって砂礫が飛び散っている画像で、究極の目的が成功したことを物語っていた。だが、この軽やかな一撃とサンプル・ゲットの瞬間を迎えるまでには、たとえば、科学者たちが数千とも数万とも言われる「リュウグウ」を覆う岩塊すべてを精密に観測。ごくごくわずかな重力差による探査機への影響も計算し、探査機をセンチ単位で位置制御するという信じがたいノウハウまで手にしていたのだ。

 臨時のプレスセンターは、宇宙科学探査交流棟と呼ぶ宇宙研の歴史展示場の一角に設けられた。ここには、宇宙研の開祖で「ロケットの父」と呼ばれる糸川英夫博士ゆかりの記録も多く並んでいる。

 津田さんが「今日の成果は100点満点中1000点の成果でした」と誇らしげに語った席の真正面、十数メートル先のガラスのショーケースには、1954(昭和29)年に糸川博士が書いた原稿が展示されている。

 敗戦により航空技術で世界に大きく後れをとった日本は、一気にロケット開発を進めるべきだという内容だが、私はその直筆原稿の一節に目をひかれてしまった。日本が航空技術を再開しようとしても「ラクダが針の先を通るより困難な障害に包まれている」と記してあったからだ。宇宙研はそういう困難を克服しながらロケットを、人工衛星を、惑星探査機を開発運用してきたのだ。

 「はやぶさ2」の最大の目的を達成したチームも、まさに「ラクダが針の先を通るより困難な障害」を乗り越えて、この日を迎えたのだ。私には、糸川博士の原稿が、真正面で満ち足りた表情で会見に臨んでいる「はやぶさ2」のチームに、「君たちはラクダを針の先に通したね」と語りかけているように思えてならなかった。(ノンフィクション作家・山根一眞)

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