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【語り継ぎたい天皇の和歌】日本人の身の上を案じる御姿投影

 今年も蝉しぐれの季節がやってきました。8月はやはり昭和天皇の御製(和歌)を紹介したいと思います。掲出歌は昭和20(1945)年に詠まれた一首です。「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」「身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて」「国がらをただ守らんといばら道すすみゆくともいくさとめけり」--これらの御製ともども、当時の侍従次長、木下道雄氏が昭和43年に著した『宮中見聞録』の中で紹介されています。

 「海外の陸地や小島に取り残されてしまっている日本の人たちの身の上がどうか安らかで、安全なものであってほしい」という歌意です。懸命に、ひたすらに思いを込めて祈られる昭和天皇の御姿が浮かびます。

 当時、昭和天皇は、「日本の戦争遂行に伴ういかなることも全責任を負います。日本の名においてなされたすべての軍事指揮官、軍人、政治家の行為に対しても、直接に責任を負います」という趣旨の発言をされたと語り継がれます。古今東西、保身に走り、部下に責任を押し付ける施政者も少なくない中、昭和天皇の立ち振る舞いと品格には相手国の責任者も驚いたそうです。

 大正12年、「あらたまの年を迎へていやますは民をあはれむ心なりけり」と詠まれた昭和天皇。昭和8年には、「天地(あめつち)の神にぞいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」とも詠まれました。民を思い、平和を願う気持ちの深さを、残された和歌が私たちに教えてくれています。

 生物学者としても知られた昭和天皇は、「わが庭にあそぶ鳩見て思ふかなたひらぎの世のかくあれかしと」という作品も詠まれました。「たひらぎ」は「平和」を意味する言葉です。平和な世の中はこのようにあってほしいものだなあと、庭に遊びに来た鳩を昭和天皇が詠まれたのは昭和27年のことでした。

 戦後も常に「異国の小島に残された人々」に思いを馳せ続けた昭和天皇。今後も世界じゅうの人々に、平和を愛し、多くの生きものの和歌もお詠みになられた昭和天皇の御製を語り継いでいきたいと思います。(歌人、作家・田中章義)

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