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【昭和のことば】人間はいまを生きる…“ナウ”を看板とする生き物 ナウい(昭和47年)

 「ナウ」や「ナウい」はもはや死語ではあるけれど、ある意味息の長い「しぶとい」ことばではあった。1970年代の半ば頃からなんとなく流行していた「ナウ」ということばが「ナウい」に変化したことによって突如はやりだし、80年の『現代用語の基礎知識』に掲載されるほどになった。

 陳腐化するのも早く、85年に泉麻人著『ナウのしくみ』が出版される頃には、もはや「からかいの気分」込みの使われ方であった。今回の年指定は、ナウの元祖に敬意を評し、TBSの人気番組『ぎんざNOW!』の放送開始の年とした。

 この年の主な事件は、「グアム島で元日本兵の横井庄一氏を発見」「連合赤軍、軽井沢浅間山荘に籠城(浅間山荘事件)」「明日香村高松塚古墳で極彩色壁画発見」「沖縄県発足」「イスラエルで日本人ゲリラ3人が自動小銃乱射。死者26人」「『日本列島改造論』を発表、第1次田中角栄内閣成立」「日中共同声明調印。国交正常化」「パンダのカンカン・ランランが上野動物園へ到着」など。

 第11回冬季五輪札幌大会で、笠谷幸生ら日の丸飛行隊が70メートル級ジャンプで金、銀、銅を独占。ミュンヘン五輪では、男子バレーボールが優勝、男子体操団体が4連覇を達成した。有吉佐和子が『恍惚の人』を発表。テレビでは『刑事コロンボ』や『アタックNo.1』が人気となった。

 ナウなヤングの席巻から半世紀近くの月日がたった。いまも死語の代表といえば、この「ナウ(い)」である。現代の若者文化のなかには、いまを執拗(しつよう)に追いかけることを格好悪いことだと否定するムードがあるのかもしれないが、いまを追いかけて何が悪い。人間はいまを生きる、ナウを看板とする生き物なのだと、元「ナウなヤング」は思うのである。 =敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和47(1972)年の流行歌〉 「女のみち」(宮史郎とぴんからトリオ)、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)、「ひとりじゃないの」(天地真理)

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