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【続・吉田茂という反省】敗戦によって利益…その“親玉”と“第一の子分”佐藤栄作 東京大空襲を指揮した司令官に“勲章”授け… (1/2ページ)

 敗戦によって利益を得た人たちを「敗戦利得者」というならば、吉田茂はその親分で、その第一の子分は佐藤栄作だったということは、今年6月の集中連載「吉田茂という反省」で述べた。

 振り返ってみると、かの戦争で最も多くの犠牲者を出したのは、1945(昭和20)年8月15日に20歳から35歳だった人たちの世代である。すなわち大正生まれの人たちだった。さらに思い返してみれば、かの戦争はこの8月15日に36歳から60歳までの人たちが日本を動かしていたときに起きた戦争である。

 つまり、かの戦争は明治後半に生まれた人たちが日本を動かしているときに起きた戦争である。

 その動かしていた人たち21万人が占領下で公職追放によって、国家、社会の指導的地位から追われた。そして、その空いたポストに就いた人たちも、実は、8月15日に36歳から60歳までの明治後半に生まれた人たちだった。

 この人たちの圧倒的多くは、敗戦がなければこうした地位には就けない人たちだった。私から見れば、志が低く、個人的利益のみを追求する人たちと言わざるを得ない。

 前回連載で紹介した東京大学法学部憲法学教授はその典型だ。彼は佐藤栄作内閣の下で、文化功労者として賞された。

 佐藤栄作が、10万人の死者を出した東京空襲を指揮した米軍司令官、カーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章の授与を決定した。昭和天皇は国民の思いを受け止めて、これを親授しなかったというのは有名な話である。

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