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【東日本大震災から8年半 忘れない、立ち止まらない】被災者家族の心をつなぎとめる「希望の糸」 行方不明の「あの人」も海の向こうのどこかで… (1/2ページ)

 毎日新聞に2日、「東日本大震災の津波で流失した岩手県釜石市の漁船が、約1900キロ離れた沖縄県金武町の海岸で8年半ぶりに見つかった」という記事が載っていた。「今もまだ、こういうことがあるんだなあ」と興味深く読んだ。

 8年半前の巨大津波で失われた何かが海を渡り、数年後に遠く離れた地域で見つかるという話は、これまでにも何度かあった。岩手県陸前高田市の県立高田高校海洋システム科が有していた小型実習船「かもめ」も震災から2年後の春、約7600キロも離れた米国西海岸で見つかったのだ。

 カリフォルニア州デルノーテ郡クレセントシティ市の浜辺に漂着した「かもめ」には当時、2年にわたる漂流で貝や海藻がびっしりと付着し、ほとんど原型もわからないほどだったという。

 しかし、それらをこそげ落とした部分から「高田高校」の文字が表れたことで、日米の2つの市が、細い糸で結びついた。

 米国の高校生らが「船を陸前高田へ返還しよう」と募金を呼びかけたのを皮切りに、両国のさまざまな機関が協力し、かもめは2013年10月、ついに高田高校への“里帰り”を果たした。

 最初は生徒同士から始まった交流は、自治体、市議会、市民同士へと発展。細かった糸は幾重にも編まれて強い絆となり、両市は18年春、正式に姉妹都市提携を結んだ。

 昨年4月、私も取材でクレセントシティ市を訪れる機会を得たのだが、この2つのまちが何から何まで似通っていることには、とても驚かされた。

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