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【東日本大震災から8年半 忘れない、立ち止まらない】被災者家族の心をつなぎとめる「希望の糸」 行方不明の「あの人」も海の向こうのどこかで… (2/2ページ)

 気候や産業、人口規模。漁港があり、大きな川と湾曲した砂浜があり…自然の風景など、写真で比べると、どちらがどちらだったろうかと一瞬わからなくなるほどだ。

 双方の市民は「海の向こうに、自分たちの古里がもう1つあった」…そう口をそろえる。まるで太平洋を挟んで、鏡に向かい合っているようだ、と。クレセントシティ市長は今も繰り返し、「私たちのまちが結びついたことは、決して偶然ではない」と語る。同市は1964年、やはり津波で被害を受けた経験を持つ地域なのだ。

 起きてはほしくなかった津波という悲劇が、くしくも新たな友情を結んだ。「海はどこまでもつながっているんだな…」と、そんな当たり前のことを思いつつ、感慨は深い。

 一方で、「海の向こう」と聞いて思い出さずにいられないのは、陸前高田に暮らす震災行方不明者の家族の言葉だ。

 「『かもめ』みたいにね、『あの人もずっとずっと海をわたって、どこか違う国に流れ着いたんだ。記憶をなくして、今もそこで元気に暮らしてるんだ』って思うことにしたの」

 発災から9年目を迎えてなお、全国で2500人以上の方々の行方が分かっていない。

 「遠い海の向こうででも、生きていてくれさえしたら…」

 あまりにもか細く、はかない「希望の糸」。だが、今にもバラバラになりそうな不明者家族の心をつなぎとめているのは、そんな細い糸なのかもしれない。

 ■鈴木英里(すずき・えり) 1979年、岩手県生まれ。立教大卒。東京の出版社勤務ののち、2007年、大船渡市・陸前高田市・住田町を販売エリアとする地域紙「東海新報」社に入社。現在は記者として、被害の甚大だった陸前高田市を担当する。

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