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【語り継ぎたい天皇の和歌】「令和」の時代にぜひとも思いおこしたい歌 (1/2ページ)

 『小倉百人一首』の最初の歌としてよく知られる一首です。「かりほの庵」は「稲刈りのための仮の小屋」。「苫をあらみ」は「苫の編み目が粗いので」という意味です。「秋、いよいよ稲を刈りとる季節。稲刈り小屋は急ごしらえで、屋根の苫は目が粗いので、夜露にわが袖はしっとり濡れてしまっている」という歌意で語り継がれます。「かりほ(仮庵)」には「刈り穂」が掛詞となっています。

 『万葉集』巻十によく似た詠み人しらずの歌があり、掲出歌の作者には諸説ありますが、藤原定家は作者を天智天皇としています。『万葉集』に四首の作品が伝わる天智天皇。天智天皇といえば中大兄皇子時代の「大化の改新」を思い出す人も多いでしょう。「平成」「令和」と現在でも活用されている元号。日本で最初に元号が用いられたのは「大化」です。中大兄皇子らが中心となって断行した「大化の改新」。翌年には「改新の詔」を出し、戸籍を作成し、税制なども整えられました。

 友好国であった百済が唐と新羅の連合軍に滅亡に追い込まれると、百済の人々の申請を受け、天智天皇は再興のために九州に赴いたこともあります。その際に詠んだ「わたつみの豊旗雲(とよはたぐも)に入日さし今夜の月夜さやけかりこそ」(大海原に旗のようにたなびく雲間に夕日が光る。今宵の月はさぞ清く明るいものとなるに違いない)という作品も『万葉集』にあります。

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