記事詳細

【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「良かったこと」》地方で知った多様な価値観 (1/2ページ)

 「新聞記者になってよかった」と思えたことのひとつが、地方の魅力を知ったことだ。記者の父親は東京出身、母親は横浜出身のため、いわゆる「田舎」と呼べる場所がない。記者も就職するまで東京以外で暮らしたことがなかった。

 産経新聞社に入って1カ月後、全国の支局の中でも事件や事故の取材機会が多いさいたま総局に着任した。浦和で初めての一人暮らしをし、車の運転も慣れない中での仕事はきつかった。ただ、この頃の踏ん張りのおかげでその後の社会人人生でたびたび訪れる苦労を乗り越えることができた。

 2年目に入ると、同じ埼玉県内の熊谷通信部に移った。取材の範囲が広がり、自分の判断で動くことが少しずつ増えていった。休日には他社の同年代の記者と集まったり、尋ねてきた友人を秩父や長瀞へと案内したりした。

 3年目の夏には、青森支局に赴任した。初めての青森では、津軽弁と南部弁、下北弁の「ヒアリング」に苦労し、冬場は朝晩の雪かき、凍った道での運転に苦労した。それでも八甲田の圧倒的な美しさやひっそりとした温泉、盛大なねぶた祭り、日本海と太平洋、陸奥湾の3つの海の幸など、魅了されたことの方が多かった。

 地方で多くの経験をして一番よかったことは、日本にも多様な価値観があることを知ることができたことだ。経済部にいる現在も、地方の現場での実感を持って中央省庁や大企業を取材することができる。たとえば原油価格が上昇しているときには、漁業者は船を出してコストを回収できるか悩んでいるのではないかと、思いを巡らせている。