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【語り継ぎたい天皇の和歌】第65代花山天皇 芸術的センスに秀でた「花人」

 冷泉天皇の第一皇子だった第65代花山天皇が即位されたのは984(永観2)年の秋でした。平安時代のことです。17歳からわずか1年10カ月の御在位期間だったのは政治的な勢力争いの余波だったと『大鏡』は伝えています。次の第66代一条天皇は花山天皇の従兄弟でした。この一条天皇の時代に清少納言や紫式部、和泉式部などの平安女流文学が花開いたことが知られています。けれども、一条天皇の先帝花山天皇も実はとても和歌の才能に恵まれていました。3番目の勅撰和歌集『拾遺和歌集』は花山天皇(出家後の花山院)の親撰だとする説が有力です。

 掲出歌は、「秋が来れば、虫たちも物思いにふけっているのだろうか。声を高らかに鳴きあかしているなあ」という歌意の作品です。他にも、「世の中をはかなき物と思ふにもまづ思い出(い)づる君にもあるかな」(世の中を儚いものだと思うけれども、そんな私にも真っ先に思い出されるのがあなたのことなのだ)という相聞歌も知られています。

 さらには、「世の中のうきもつらきも慰めて花のさかりはうれしかりけり」(世の中の憂鬱なこともつらいことも慰めてくれる桜の盛りはとても嬉しいことだなあ)という一首など、花山天皇の御製(和歌)は愛誦性のあるものが少なくありません。絵画や建築の才能にも恵まれ、芸術的なセンスに秀でていたと語り継がれる花山天皇。

 兵庫県三田市には、薬師如来も祀られた花山院菩提寺があります。実りの秋。花山院菩提寺付近では秋が深まるにつれ、新米や栗など、秋の恵みが豊かな季節を迎えています。

 「秋の夜の月に心のあくがれて雲ゐにものを思ふころかな」(秋の夜の月へと心が遊離して、天上にあって物思いにふけるような今日この頃だなあ)など、幾首もの「秋の月」も詠んでいる花山天皇。出家後は諸国をめぐり、旅を重ねながらの生涯だったと語り継がれています。「木のもとを住家とすればおのづから花見る人になりぬべきかな」という御製も詠まれた花山天皇。まさに「歌人」であり、「花人(かじん)」でもあった天皇なのではないでしょうか。(歌人、作家・田中章義)

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