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【日本の選択】大村知事は“自らの不明”を恥じよ! 不自由展は「表現の自由」、トリカエナハーレは「明確にヘイト」の矛盾 (1/2ページ)

 また、愛知県の大村秀章知事の言動が注目されている。

 「在日特権を許さない市民の会」の元会長が代表を務める政治団体が10月27日、「日本人のための芸術祭あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』」なる展示会を開催し、そこには「犯罪はいつも朝鮮人」など、ヘイトスピーチとしか言いようがない展示がなされていたという。

 これに対し、大村氏は「明確にヘイトに当たる」「(展示内容が)分かった時点で、中止を指示すべきだった」と主張し、この政治団体への法的措置も含めて対応を検討する考えを示した。

 私はヘイトスピーチを擁護する立場には立っていないので、この種の展示が公共の施設で開催されることには明確に反対である。「表現の自由には制限が必要だ」と考えるからだ。

 そのうえで、大村氏に問いたい。

 日本国の象徴である天皇陛下の祖父、昭和天皇の写真をバーナーで焼いて、灰を足で踏み付ける映像作品や、特攻隊を侮辱するように感じる作品などが公開され、多くの国民が憤っていた「表現の不自由展」に関しては、「表現の自由」だと主張していたのは貴殿ではないか。

 今回のヘイトスピーチを含む展示会を「表現の自由」と認めないのは、ダブルスタンダード、いかにも矛盾した態度ではないか。

 自由を最大限尊重する米国では、ヘイトスピーチまでもが規制されていない。誰かに危害を加えるような言動でなければ、全ての表現が認められるという。

 だが、過度の「表現の自由」は人々を深く傷つけ、社会に混乱と分断をもたらす。米国内に大きな分断をもたらした1つの原因が「表現の自由の濫用」とも考えられよう。表現の自由に当たるか否かについて判断する際に、重要なのは常識というものだ。法ではなく常識に基づいて判断がなされるのが文明国というものだろう。

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