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【語り継ぎたい天皇の和歌】自然の景観を御自身の思いにつなげる (1/2ページ)

 御存知、『小倉百人一首』におさめられた有名な御製(和歌)です。『小倉百人一首』では掲出歌の表記となり、出典となった『後撰和歌集』では「淵となりける」と表記されています。

 第57代陽成天皇が、父帝である清和天皇から譲位されたのはわずか9歳のときでした。平安時代、父帝の時代には在原業平、小野小町ら六歌仙が活躍し、陽成天皇の時代には「六国史」の一つ「日本文徳天皇実録」が編纂されています。

 男体山・女体山の二峰からなる茨城県の筑波山は、上代から男女が歌を詠みあって交流した自由な恋の場として知られた所でした。「みなの川」は、漢字で書けば「男女川」。筑波山に発し、桜川に合流し、霞ケ浦に注ぐ川です。

 掲出歌では、「筑波嶺の~みなの川」までが序詞的に用いられ、下句の「恋ぞつもりて淵となりぬる」を導き出しています。最初はせせらぎほどの流れが、やがて深い淵をつくるように、恋心も小さかったものが大きく変化していく、というさまを表現しています。自然の景観を取り入れつつ、御自身の思いにつなげていく、帝位にあった人ならではの堂々とした一首です。

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