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【語り継ぎたい天皇の和歌】民を案じる深くて豊かな心 (1/2ページ)

 第93代後伏見天皇の皇子であった光厳天皇は、南北朝時代の北朝初代天皇として知られています。鎌倉幕府の滅亡、室町幕府誕生の端境期に、足利尊氏によって擁立された北朝と京都を脱出した後醍醐天皇の南朝が両立した五十数年もの時代でした。最後は南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇に譲位する形で合一し、南北朝の時代に終止符が打たれました。

 現在、北朝の天皇は皇位順序からは外れているものの、皇居の宮殿三殿のひとつ「皇霊殿」では、今も他の歴代天皇とともにお祀りされています。

 両統が立つという苦難の日々を歩まれた光厳天皇ですが、歌道を尊び、勅撰和歌集に79首もの作品が入集しています。祖母であった伏見天皇の中宮は、鎌倉期を代表する歌人「永福門院」としても知られた人でした。そんな稀代の女流歌人を祖母にもち、とても愛されて育った光厳天皇は、花園天皇の時代に編まれた勅撰和歌集「風雅和歌集」では撰者も務めています。

 こうした光厳天皇がお詠みになった掲出歌。朝晩がすっかり寒くなった時期に、ふと思い出す御製(天皇の和歌)です。「寒からし民のわら屋を思ふには衾(ふすま)の中の我もはづかし」とも語り継がれる一首。

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