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【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】アレシェンカと放射能汚染事故 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 今回は、未知なる生物アレシェンカのお話の続編になります。

 先日、私は法医学博士の講義中の余談から、この事件のより深い推理を聞くことになりました。

 博士の推理は、エカテリンブルグ市内の古いアパートを買ったある家族の話が元になっています。ソ連時代に建てられたそのような建物のほとんどには、当時キッチンの窓の下にクシュチェフ冷蔵庫と呼ばれる外部への通気口を備えた食器棚が組み込まれていました。

 新しい所有者が、そのアパートを掃除していた時、冷蔵庫を開けた彼らは通気口の側で奇妙な物を見つけました。

 それは生まれたばかりの子供のミイラ化した遺体でしたが、アレシェンカのミイラ化した遺体に似ていた部位があったとも言われ、昔住んでいた住民の誰かが奇形児の遺体をそこに隠していた、という説を語っていました。

 なぜ博士が奇形児の可能性に言及したかというと、アレシェンカが発見されたキシュティムの町から15キロほどの距離にある、マヤーク核施設で1957年に発生した放射能汚染事故との関連性が疑われているからです。

 ソ連時代、核兵器および核燃料再処理プラントのプルトニウム生産拠点であったマヤーク核施設は、現在のチェリャビンスク州オジョルスク市の近くにあります。

 オジョルスク市は今も軍事上の理由で立ち入り制限されている閉鎖都市で、当時その秘密エリアはチェリャビンスク40という名前で呼ばれていました。

 レベル6と測定されたこの深刻な事故で、27万人もの人々が放射能被害にあったと推測されていますが、今ほどの知識がなかった当時のソ連では人々にその危険さが浸透していかなかったそうです。