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NHK大河ドラマ「麒麟がくる」に登場 将軍よりも関白の権威を政治に利用した豊臣秀吉 (1/4ページ)

 撮り直しで巷(ちまた)の話題となった大河ドラマ「麒麟がくる」(長谷川博己主演)は、1月19日から放送開始だ。主人公・明智光秀は、「裏切り」の三文字が付きまとい大方のイメージは悪い。だが、足利将軍の権威が失墜した戦国時代は文字通り「下剋上」の時代であり、天下人を目指す人物が登場してもおかしくはなかった。武家の最高位といえば「征夷大将軍」であるが、光秀も本能寺の変の後に、実は将軍宣下を受けていたとする説もある。

 これまで「花の乱」や「軍師 官兵衛」など14作品のNHK大河ドラマの時代考証を担当してきた著者による異色の人物日本史、近刊『征夷大将軍になり損ねた男たち--トップの座を逃した人物に学ぶ教訓の日本史』(二木謙一編著、ウェッジ刊)では、光秀をはじめ、人望、血統、派閥、不運、病魔、讒言(ざんげん)などの理由で、将軍になり損なった47人の人物をクローズアップ。どの事例も歴史ファンに限らず、組織の中に生き、閉塞感漂う時代に好機を見いだしたいビジネスパーソンにも通じることばかりだ。

 今回は、大河ドラマに出演する人物であり、関白の権威を天下統一に利用した豊臣秀吉について取り上げる。

■本当は将軍になろうと思えばなれた秀吉

 織田信長の家来羽柴秀吉は、尾張国の中村郷の下層民の家に生まれたとされるが、能力主義の織田軍団で、大きく飛躍することができた一人である。

 信長が支配地を拡大していくにつれて、秀吉も織田軍団の中で有力武将となり、天正5年(1577)には、信長から毛利氏の勢力下にある中国地方攻略を命ぜられた。天正8年には反旗を翻した播磨国三木の別所長治を降し、天正9年には鳥取城を陥落させた。

 天正10年には備中国に侵攻し、毛利方の清水宗治が守る備中高松城を包囲して水攻めにした。宗春を救援するために毛利輝元、吉川元春、小早川隆景らが駆けつけて対峙したので、秀吉は信長に援軍を要請した。

ITmedia ビジネスオンライン

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