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【吉田茂という反省】地位保全のために国を売って…押し付け憲法にひれ伏した「東京帝国大学法学部」の教授たち (1/2ページ)

 吉田茂が現在も生きて反省していれば、現在の日本の混迷や、歪(ゆが)みを見て、自分のなした失政、愚政はまさに救いがたく、慙愧(ざんき)にたえないと思うであろう。占領期という重要な時期の首相でありながら、自覚が十分にできず、衝動的にばかり政策を進めたことについて、申し訳ないと万謝の意を呈するはずだ。

 吉田は、敗戦ゆえに首相になった人物であり、典型的に敗戦利得者である。そして、その得た利得、またなした行為による悪しき影響からも見ても、群を抜いて巨大である。ゆえに吉田は「敗戦利得者の親玉」として位置付けられるのだ。

 昭和21(1946)年1月の公職追放によって、21万人に相当する人が追放となった。その空いたポストを埋めた21万人に相当する人のほとんどが、通常の敗戦利得者である。その大半は公職追放がなければそういう社会的地位に就くはずはない人であるから、まさに敗戦で出世をした敗戦利得者なのだ。

 その人たちは、夕刊フジ昨年9月の集中連載で述べたように、志が低く、国を愛する情が乏しく、自己の利益のために、占領軍にやすやすと迎合し、日本を歪めて恬(てん)として恥じなかった。

 敗戦利得者の中には、本来、公職追放令によって追放になるべき立場にいながら、上手に立ち回って公職追放を免れた人も含まれる。彼らは占領軍に過剰に迎合することによって公職追放を免れた。「地位保全のために国を売って恥じなかった」のだ。

 連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが憲法改正を突き付けたときの、東京帝国大学法学部の教授の多くは、まさにそうだった。

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