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【富坂聰 真・人民日報】「習氏、誤り認めた」報道の誤解 「弱さと不足」の文言は…初動の遅れとは別の問題が (1/2ページ)

 新型コロナウイルスの問題が相変わらず大きな話題となっている。本連載でも何度も取り上げているが、頭の痛い問題は、原稿の執筆時点から事態の変化が激しくて追いつけないことだ。

 愚痴を言っても仕方がないので書きたいが、今回は古くなることを覚悟で習近平氏が「初動の誤りを認めた」というニュースが流れたことを取り上げたい。

 2月3日の深夜から新聞各紙が報じ始めた。

 これには私は面食らってしまった。というのも前日に同じく習近平氏の政治局常務委員会における重要講話を読んでいて、そこから「反省」のニュアンスなど読み取れていなかったからだ。

 気になって中国で記者をしている友人たちに尋ねてみたのだが、彼らの意見も同じく「誤りを認めた」というのはちょっと強引ではないのか、との見解であった。

 「全体を通して読めばわかることですが、これは、げきを飛ばしたとか、はっぱかけるための講和なのです。ニュアンスが違いますね」(地方のメディア関係者)

 もちろん「弱さと不足が露呈された」との表現が含まれているのだから何らかの不満をもっていたことは間違いない。

 ただ、この言葉が飛び出してくる前には、「今回のウイルスとの戦いは、わが国のガバナンスを試す大きな試験である」という表現もある。

 そこで明らかになった欠点を補っていくことでガバナンスが強化され、勝利に結びつくといった方向に話が流れていくのである。

 それでも「弱さと不足」はあるんだろう、という声が聞こえてきそうなのだが、これも素直に読めば初動の遅れとは別の問題が記されてあるのだ。

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