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【日本の選択】日本共産党は「武装革命」を目指していた 一部分派の過ちとしているが…否定できない“黒い闇の歴史” (1/2ページ)

 底抜けに不勉強な人物なのか、限りなく不誠実な人物なのか、どちらか見分けがつかなかった。先日、野党の某国会議員のツイートを見て驚愕(きょうがく)した。日本共産党が暴力革命を目指していた事実があるのか否かを問うていたのである。

 これは「神社では神様を祀っているって本当ですか?」「クリスマスってキリストの誕生日って本当ですか?」といった類の、基本的な常識を尋ねているようなものだ。

 日本共産党の歴史について振り返れば、戦前に暴力革命路線を取っていたことが有名だが、戦後においても1950年代に過激な武装闘争路線を取っていたことでも知られる。

 朝鮮戦争の勃発(50年)に際し、ソ連のスターリンが後方攪乱(かくらん)のために日本共産党に武装闘争路線を命じたのだ。この指令に従って、新たに発表されたのが「1951年テーゼ(51年綱領)」である。この中で、日本共産党は「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」と明言し、武力革命の必要性を説いた。

 現在、この50年代の武装闘争路線の歴史は日本共産党にとって漆黒の闇のような歴史となっており、あくまで一部の分派が行った過ちだったとしている。しかしながら、日本共産党の名の下で出されたテーゼであることは否定のできない事実である。

 現在、「議会で多数を得ての平和的変革こそ日本共産党の一貫した立場」(2月14日、『しんぶん赤旗』電子版)などと主張し、「日本共産党は、『暴力主義的破壊活動』の方針なるものを、党の正規の方針として持ったり、実行したりしたことは、ただの一度もありません」と説明している。

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