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【日本の元気 山根一眞】首里城復興へ“10年後の再会” (1/2ページ)

 久々の取材で沖縄を訪ねた。帰京便まで少し時間があったため、短時間だが首里城を見てきた。昨年10月31日未明、沖縄の宝、いや日本の宝である首里城の正殿と北殿、南殿が炎上焼失しておよそ5カ月。火災の原因は漏電と言われていたが、1月29日、沖縄県警は配線が著しく溶けていたことなどから出火原因を特定できないまま捜査を終了している。

 私は、数年にわたり沖縄県の経済振興のお手伝いをしていた。首里城での映像ロケで沖縄の魅力を語ったこともあり、そのエキゾチックな美しさに魅了されていた。

 それだけに一番気になるのが、復興には何年を要するかだ。巨大な原木や特別な赤瓦など建築材料の調達が大きな難題なのだ。とりわけ独特な美しさをもつ赤瓦は、卓越した瓦職人、奥原崇典さん(2014年に死去)が焼いたのと同じものを作るのは難しいという。それらの課題をどう克服して再建計画を立てるのかと思いつつ首里城を訪ねたのだ。

 首里城は那覇市では最も標高が高い120-130メートルの高台にある。焼失した正殿や北殿、南殿へのルートは緩やかな坂道を登っていく。途中、守礼門、歓会門、久慶門、そして広福門などをくぐる。外敵の侵入を阻止するためのゲートだが、歓会門と久慶門の間には大きな鉢植えの鮮やかな黄と朱の花をつけたブーゲンビリアの鉢植えが並べられていた。沖縄の皆さんの、訪問者へのせめてもの歓迎の心遣いだろう。

 広福門をぬけると那覇市内が一望のもとに見渡せるポイントに出る。この先、正殿がある御庭へ進む奉神門から先は立ち入り禁止だが、焼けた北殿の一部が垣間見えた。屋根の上を淡い色の細かながれきのようなものが覆っているので望遠レンズで見たところ、小さく割れた瓦だとわかった。「再建には数万枚の瓦が必要でそれが課題」という意味がよくわかった。

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