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指原莉乃も巻き込まれた「検察庁法改正案」めぐる陣取り合戦 (4/4ページ)

 「多くの新聞、テレビニュースがSNS上で何百万件投稿された、という形で報じていましたが、これは極めて危険です。そもそもSNSの運営会社が、トータルで何件のツイートがあった、とは公式に発表しておらず、取材しても出してはくれていません。これは何か意図があってというよりは、システム的に出せないようなのです。ただ、非公式には、一つのアカウントが何件も同じ投稿をやっていた事例はあると認めています。要は、意見や声の数は、作ることができるのです。支持する意見が異なるユーザーたちをみると、どちらにも同じような傾向があります。一部の人たちが何件も同じようなツイートを連発し、意見の異なる人たちを攻撃しまくっている」(全国紙野党担当記者)

 こうした攻撃的な人々ほど「政治的な立場をはっきりと示せ」と他人に強要し、その上で「日本は諸外国に比べて遅れている」などと悲壮感たっぷりに言って見せているのは、皮肉なことだ。自分と異なる信条だとわかると攻撃する彼らの言動そのものが周囲を威嚇するため、政治について思うところがあっても、皆の口を閉ざさせているからだ。なにより、政治的な意見が画一的であるはずはない、それぞれ生き方も考え方も違うのだ。その多様性を認めない世界を彼らは求めているのか?

 本来、政治的にどんなものを支持するかという行為の先には、自身や家族、地域や社会の幸せを達成したいという純粋な願いがあるはず。様々な意見がある中で、国民、市民の幸福最大化に努めるのが民主主義政治の目的であって、民主主義に必要不可欠なのが、私たちの声、投票に他ならない。

 今起きていることはといえば、ただ平民同士での揚げ足取りに終始し、互いの声を声とも認めずに罵声の応酬に労力を割くばかり。そもそも何が問題で、何のために議論していたのか、いつの間にか忘れてしまうようなことすら起きている。結果、政治が悪いマスコミが悪いと責任転嫁して、また次に炎上しそうなネタに、条件反射的に飛びつく人たちが、世論と言われるものを形成していく。悶着に疲弊した人々は、ますます政治らしきものから距離を置く。そうした意味で、我が国は諸外国に比べ本当に遅れているし、劣っている。為政者にとっては、国民の「政治への無関心」以上に心地よい状況であるのかもしれない。

NEWSポストセブン

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