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【勝負師たちの系譜】3局のうち1勝で昇段というチャンスを3連敗…恐怖心が生むプレッシャー (1/2ページ)

 昭和の時代は棋士だけでなく、奨励会員もムチャクチャな人が多くいた。

 塾生仲間でも若さを持て余してか、布団に座布団を詰めて寝ているふりをし、宿直の先生を騙して歌舞伎町に出て行く姿をよく見た。

 また、塾生の手当て5000円だけでは足りず、賄いの小母さんに行く8000円を現金でもらい、賭け事の資金にした人もいた。そんなお金で勝てる訳がなく、住み込んでいながら食事はなしという有様だった。

 私はと言えばまじめという訳でなく、遊んでいる間にライバルが強くなって、自分は四段になれないのでは、という恐怖心が強く、とても遊ぶ気になれなかった。

 当時の年齢制限は、31歳の誕生日までに四段になれなければ退会というもの。今より5年長いが、年に2人しか上がれない制度だったから、かなり早い段階で危機感を持っていた。

 私はその頃、昇級の一番というと震えるタイプで、2級の時、N2級とのお互いに勝てば昇級という対戦があった。将棋は200手を超えて相手の駒をほとんど取り上げ、形も作れない局面になったが、相手は投げずに指し続けてくる。

 今度は投げるだろうと、3四飛を▲3六飛成と王手(1六玉に)した瞬間、相手の「勝った」の声。気が狂ったかと思ったら、狂ったのはこちらで、何と成れない飛車が裏返っているではないか。

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