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【ケント・ギルバート ニッポンの新常識】コロナ禍で問われるマスコミの存在意義 「世論は自分たちが誘導」と思っているなら勘違いも甚だしい (1/2ページ)

 新型コロナ禍で、マスコミの存在意義が問われている。

 日本外国特派員協会の会報誌に、東京五輪の大会エンブレムと新型コロナウイルスのイメージを掛け合わせたデザインが掲載された。大会組織委員会は「多くの人々の感情、大会を目指す世界のアスリートに対する配慮を欠いた行為」と強く抗議したが、当然だ。

 協会は謝罪したものの、カルドン・アズハリ会長が、パロディーや風刺について、欧米ほど寛容でない日本で「議論が進むことを期待している」と発言するなど、懲りていない様子だ。

 日本でもワイドショー中心に、不確かで不安を煽るような報道が展開された。

 ある番組では先日、顔の前にティッシュペーパーをかざし、「これはペンです」と、「This is a pen」をそれぞれ発音し、英語の方が多くの飛沫(ひまつ)が飛ぶような検証をしていた。実にバカげている。なぜ、もっと建設的な報道ができないのか。

 米紙ニューヨーク・ポストは21日、1面に大きく「今すぐ終わらせよう」という見出しを掲げた。

 「未知のウイルス」におびえて、ロックダウン(都市封鎖)に踏み切ったが、ウイルスへの理解も進み、「経済を再開させることが可能だ」との論調だった。ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事と、デブラシオニューヨーク市のビル・デブラシオ市長が「何万人ものニューヨーカーを貧困に陥れた」とも批判していた。

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