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【昭和のことば】断定を避け、真剣さを照れ隠しする表現として定着 ナンチャッテ(昭和53年)

 この年の深夜放送から生まれたことばである。やくざにからまれワンワン泣いていた四十男が、やくざが去ると「な~んちゃって」と頭の上に輪を作り乗客を笑わせた」という話が放送されたことに「悪ノリ」し、この「ナンチャッテおじさん」の目撃談が次々と語られた。

 もちろん最初は放送作家の作り話だが、いつしかラジオを離れ、おじさん捜しの新聞広告まで出現するブームとなった。その後、この「ナンチャッテ」ということばは、断定を避けたり、真剣さを照れ隠しする表現として、定着していくこととなる。

 この年の主な事件は、「三里塚・芝山成田空港反対同盟と機動隊との攻防。10人が管制塔に乱入占拠」「後楽園球場で、キャンディーズさよならコンサート」「植村直己、世界初の犬ぞり単独行で北極点に到達」「宮城県沖地震(M7・5)、死者28人」「長洲一二神奈川県知事、シンポジウムで『地方の時代』提唱」「日中平和友好条約、北京人民大会堂で調印。トウ小平中国副首相ら批准書交換のため来日」「八重洲ブックセンター開店」「大平正芳内閣成立」など。

 この年の映画は『サード』『キタキツネ物語』。プロ野球の西武ライオンズが誕生。巷ではサラ金被害の深刻化が問題視され、一方でチャリティー番組「24時間テレビ・愛は地球を救う」(日本テレビ系)が、この年初めて放映された。

 いつの頃からか「ナンチャッテ」はその活用法に変化が生まれた。時代の流れの中で、似せて作った(飲み屋横丁などの)「まがいもの」をからかったり、制作サイドの立場に立った「あえて生み出す粗悪品」の言い訳に使うようなニュアンスも加えられ、無邪気な語感がやや辛辣(しんらつ)なものへと変化してきたように思える。 (中丸謙一朗)

 〈昭和53(1978)年の流行歌〉 「青葉城恋唄」(さとう宗幸)「UFO」(ピンク・レディー)「ガンダーラ」(ゴダイゴ)

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