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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び》来年こそ美しい天の川を (1/2ページ)

 「七夕」の日だった。私は熊本県球磨(くま)村で豪雨被害を受けた地区を取材していた。3日前の大雨で氾濫した球磨川(くまがわ)は周辺地域に大きな被害をもたらし、土砂崩れなどで65人が犠牲となった。

 取材開始当初から天気はずっと悪かった。雨がたたきつけるような日も何日かあり、宿に戻る道がしばしば通行止めになった。

 被害が大きかった人吉市や球磨村では、地元の人が雨の中でも住宅に流れ込んだ土砂を片付けていた。蒸し暑さもあり、顔を流れるのは汗なのか雨なのかわからないくらいだった。

 そんな悪天候が続く中、七夕は曇ったり雨が降ったりという天気だった。球磨村は村内の国道が崩落し、孤立した集落が多くあった。彼らを避難させるため、村の出入り口に位置する運動公園のグラウンドをヘリポートにして、陸上自衛隊が救助活動をおこなっていた。ヘリは雨が止んだタイミングを見計らって、何度か孤立地区を往復していた。

 運動公園に開設された避難所には、ヘリより先に車で避難した若い母親が2人座っていた。傍らには袋いっぱいのオムツを置いて、小さい赤ちゃんに哺乳瓶でミルクを与えていた。なんと、赤ちゃんの1人、多武隼翔(たぶ・はやと)くんはまだ生後3週間だった。母親の菜月さん(31)は熊本市に住んでいるが、里帰り出産でたまたま地元の球磨村に帰ってきていた。「今まで集落の役場に避難していたが、水道も電気も止まっていた。汲んできてもらった水を温めてなんとかミルクを作った」という。

 そんな話を聞いているうちにヘリが到着する音がした。中学生が3人と、おばあさんが1人、消防隊員に抱えられて降りてきた。彼女は3人がかりで軽トラックに乗せられ避難所にたどり着いた。