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【菊池雅之 最新国防ファイル】タイ海軍近代化のシンボル、日本製の潜水艦「マッチャーヌ」 (2/2ページ)

 当然、タイ海軍には潜水艦運用のノウハウがないため、乗り込み予定の118人の士官および下士官・兵は、日本海軍から教育を受けるために来日した。

 その際、滞在先の1つとなったのが、五日市船橋中学校(千葉県船橋市)だった。タイ軍人と地元住民との関係は非常に良好で、同校の運動会にも参加し、ともに汗を流したという。

 こうして、37年に「マッチャーヌ」と「ウイルン」、翌年に「シンサムッタ」と「プライチュンポーン」がタイ海軍へと引き渡された。そして、日本からのタイへの回航は、彼ら自身の手で行われた。南シナ海をひたすら南下する約3カ月もの長期航海だった。

 早速、仏印国境紛争などに実戦投入される。幸運なことに4隻はほぼ無傷で終戦を迎えた。タイ海軍は51年、後に「マンハッタン反乱」と命名されるクーデターを起こすも失敗した。その制裁として海軍は縮小され、4隻の潜水艦は解体された。ただし、タイ海軍近代化のシンボルであった「マッチャーヌ」だけは、保存されることが決まり、海軍学校に展示された。

 日本が輸出用に潜水艦を建造したのは、後にも先にもこの4隻だけだ。日本人として、当時の優れた工業力の証しとなるこの潜水艦が、今後も変わらず保存されることを望みたい。

 ■菊池雅之(きくち・まさゆき) フォトジャーナリスト。1975年、東京都生まれ。講談社フライデー編集部を経てフリーに。陸海空自衛隊だけでなく、米軍やNATO軍、アジア各国の軍事情勢を取材する。著書に『自衛隊の戦力-各国との比較』(メディアックス)、『陸自男子-リクメン』(コスミック出版)など。

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