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【軍事のツボ】ブルーインパルス、五輪マークと東京上空飛行の舞台裏 (1/3ページ)

 航空自衛隊第4航空団飛行群第11飛行隊。航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」の正式名称だ。毎年、全国各地のイベントや空自基地の航空祭などでその技を披露しているが、今年はコロナ禍のため少なくとも年末まで展示飛行は行われない。それでも国民の心にその姿が強く焼き付けられた出来事が2回あった。3月の東京五輪・パラリンピック聖火到着式で五輪マークを描いたことと、5月に行われた医療従事者らへの感謝と激励のための東京上空の飛行だ。多くの人が空を見上げた、その舞台裏はどんなものだったのか。

 3月20日、台風並みの最大瞬間風速毎秒20メートル超という強風の中、ブルーの12機が航空自衛隊松島基地から飛び立った。

 「風が強くなることは数日前から予想されていたが、当日は予想以上。身の引きしまる思いだった」と飛行班長の海野勝彦3佐。

 12機という数もいつもと違った。「通常は6機態勢が基本。12機による展示飛行は結成以来、初めてで、準備にどのくらい期間が必要なのかを算出し、実行していくことが難しかった」

 そのうちの5機は5色の大きな輪を松島基地上空に描いた。もちろん五輪マークを描くのは初めての経験だ。これにも入念な準備が必要だった。

 海野3佐は「机上研究から始めた。5つの円を描く高度、速度、旋回半径、隊形変換の実施要領など、様々なパターンから可能性のあるやり方を絞っていった」と明かす。

 通常の曲技飛行と異なるのは、各機の間隔があいていること。数ある演目の中で最も離れている。「例を挙げると2、3番機は約2500メートルの間隔。それを目視のみで測距する」(海野3佐)。全機が決められた間隔を守れないと五輪マークは不格好になる。

 「様々な事態を想定し準備を行ってきたので過度な緊張はなかった」ものの、飛行中は「落ち着け」「冷静に淡々と」と自らに言い聞かせ、念を入れた。

 そして直径約1200メートルの大きな輪ができ上がった。しかし、強風がすぐに流し去ってしまう。それでも「あの日の状況におけるベストを尽くすことができた」と達成感を感じていたという。