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【軍事のツボ】ブルーインパルス、五輪マークと東京上空飛行の舞台裏 (2/3ページ)

 4日後の3月24日、東京五輪・パラリンピックの1年延期が発表。その後、日本国内でも感染拡大が急速に進んだ。うつむきがちな日常の中、文字通り人々に上を向かせてくれたのが、5月29日の東京上空飛行だ。

 新宿高島屋前のJR線路をまたぐ幅の広い陸橋には、空を見上げる多くの人がいた。午後0時40分過ぎ、池袋あたりの空に小さな黒い点がいくつか見えた。次の瞬間、白いスモークがすーっと跡を引いた。「ブルーインパルスだ!」。人々の間から声が上がった。すぐに機影はビルの陰に隠れた。

 5~6分して今度は南東方向のビルの隙間に現れた。東京タワー上空あたりのようで南下している。さらに数分後、南西方向から現れた。新宿の真上だ。ヒュオォォーンという音と白い6本の筋を残して北東方向に飛び去った。あっという間だった。

 ブルーは高度約4000フィート(約1220メートル)で巨大な8の字を描くコースを2周した。板橋区から都心に向かい、江東区から葛飾区の上空で大きく左ターン。再び都心に向かい南下して港区を抜け、今度は川崎市上空で大きく右旋回、新宿区を通って北区までのルートだった。

 午後1時過ぎ、飛行が終わったとき、自然と周囲に拍手の音が響いた。

 この飛行は、米海軍、米空軍、イタリア空軍などのアクロバット飛行チームが、コロナ禍に立ち向かう人々のために展示飛行しているのを見た河野太郎防衛相が空幕に指示したのが発端だった。

 ブルーが都心上空を飛んだのは1964年の東京五輪開会式、2014年の旧国立競技場お別れイベント以来。隊員の任期は3年なので、現在のメンバーは飛んでいない。しかも準備期間はほとんどなかった。報道各社にコースが空幕広報から知らされたのは前日というあわただしさだ。

 「初めての飛行では、入念な準備と調整がいつも以上に必要だが、さらに今回は飛行の目的と東京都の上空を飛行するということから、よりしっかりと取りかからなければという気持ちになった」(海野3佐)

 東京は空も過密だ。世界有数の発着便数がある羽田空港、米空軍横田基地、空自入間基地など飛行場が集中し、ヘリが頻繁に飛ぶ。空域の管制も米軍と国土交通省の空域が複雑に分かれる。もちろんリハーサルを行うことはできない。