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「鉄砲鍛冶屋敷」3年後公開へ 堺市が修繕工事着手、クラファンで寄付募る (1/2ページ)

 戦国時代以降に鉄砲の一大生産地となった名残を今に伝える「鉄砲鍛冶屋敷」の内部を3年後に一般公開しようと、堺市は修繕工事に着手した。街の歴史を深く知ってもらう場にするためで、職人が作業した場所を復活させる計画だ。整備費の寄付も募っている。

 南海本線七道駅から東に約300メートルの場所にある、堺市堺区の住宅街。路地に面した鉄砲鍛冶屋敷は、老朽化した屋根の瓦が路上に落下するのを防ぐため、カバーで覆われている。6月から始まった修繕工事は、雨よけや防音のための囲いを設ける準備作業が進む。

 堺市文化財課によると、修繕するのは現存する鉄砲鍛冶屋敷としては最古級のもので市指定有形文化財。鉄砲鍛冶だった井上家の居宅兼作業場として、約400年前の江戸時代前期に建てられたとみられる。

 井上八兵衛は16世紀末以降、甲斐国(山梨県)や美濃国(岐阜県)の武将だった加藤家に仕えた。徳川幕府の時代になり、加藤家は伯耆国(鳥取県)を経て伊予国大洲藩(愛媛県)を治めたが、八兵衛は加藤家に付いて行かず、堺に向かい鉄砲を作り始めたという。鉄の加工が活発だった堺は、鉄砲が伝来した16世紀中期以降、鉄砲の生産も盛んだった。

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