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【編集局から】安倍首相が議員バッジをつける前から寄り添ってきた地元秘書の思い

 安倍晋三首相の電撃辞任表明は、猛暑にあえぐ週末の日本列島に衝撃波のように広がった。権力者が批判にさらされるのは世の常だが、最後くらい敬意を払ってもいいのではないかと思う。

 山口県下関市の地元秘書のひとりは、議員バッジをつける前から寄り添ってきた。安倍さんは「代議士」、妻の昭恵さんは「夫人」、母親の洋子さんは「奥さま」と呼び、敬意を持って名前を口にすることはない。

 自宅のリビングの壁には、伊勢志摩サミットなどの国際会議や内外の行事に参加した雄姿がビッシリ飾られている。息子と娘の名付け親は安倍さんだ。

 52歳で首相に就き、約1年でその座を降りた安倍さん。次に政権を取るまでの約5年間、数人単位の少数を含めると数百回の地元の集会に顔を出し、有権者の声に耳を傾けた。「新人議員でもないのに、首相経験者が、そんな“どぶ板”のようなことをしますか?」。秘書の思いをよそに、その姿勢は捲土(けんど)重来を期す気迫に満ちていたという。

 秘書の息子は大学を卒業し、安倍さんのSP(警護官)になる夢を持って警視庁に入り、日々努力を重ねている。続投したとしても、残りの任期は1年。“親子鷹”がかなったかどうかは分からない。

 「これで良かったと思う」。秘書はそう言っただけで、言葉はつながなかった。(光)