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【東日本大震災から9年半 忘れない、立ち止まらない】いまなお、復旧の途上にある陸前高田市 ロッテ・佐々木朗希は住民の誇り「おらたちも負けられない」 (1/2ページ)

 佐々木朗希というプロ野球選手(ロッテ)が、この岩手から、そして公立校である大船渡高校(わが母校!)から生まれたということが、この三陸の地にどれほどの希望をもたらしたか、とても一口には説明できない。

 多くの強豪私学に乞われながら、地元に残ってくれたこと。練習環境に恵まれなくても、腐らず努力すれば自ら身を立てられると証明し、後に続く子供の手本となってくれたこと-“被災地の子”の一人である佐々木投手の成長を地域住民は喜び、誇りにしてきた。

 断っておくが、この地で彼を「震災で父親を亡くしながら、ひたむきに野球と向き合い、プロにまでなった」というステレオタイプの感動物語で切り取る人はいない。

 人々は、“令和の怪物”と呼ばれる特別な存在だから彼を愛し、見守ってきたのではない。ほかの子供たちと同様、「よくぞあんな環境の中、ここまで大きくなってくれた」ということが、プロになる・ならない以前に、涙が出るほどうれしいのだと思う。

 佐々木投手が生まれ育った陸前高田市では今年8月、「高田松原運動公園」が災害復旧を終えオープンした。プロ野球2軍の試合もできる球場を備えた、海沿いの総合運動公園だ。

 繰り返すが、復旧はこの8月。つまり同市には9年以上にわたり、野球場が存在しなかったわけである。

 “朗希”が生まれ育ったのは、彼が巣立ったいまなお、復旧の途上にある-そういう場所なのだ。

 佐々木投手は被災後に隣の大船渡市へ転居したが、そこでも学校の校庭や野球場に仮設住宅が建設され、運動できる十分なスペースは何年も確保できなかった。

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