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【東日本大震災から9年半 忘れない、立ち止まらない】9年半たっても止まったままの時間 “絆の種”が咲かせる「はるかのひまわり」 (1/2ページ)

 「食べられるでしょ? ウニ」

 初めて取材に行ったお宅で、あいさつもそこそこ、家の女性にそう聞かれた。

 8月下旬。ウニ漁のシーズンは終わり、あとは海藻保護のためウニを間引きする作業だけが残っている。駆除分とはいえ、まだまだおいしいウニにありつける役得を感じながら、「いただきまーす」と遠慮なくほおばった。

 「道沿いにヒマワリをいっぱい咲かせたから、写真撮りさ来てよ」

 ここへ伺ったのは、私がたまたま、そんな電話を受けたからだ。

 家から数百メートルほど離れた所に、今も復旧工事が続く海沿いの道がある。一帯は浸水域のため住宅も建たず、工事に使われる土砂と、少しの農地が広がるだけの殺風景な場所だ。

 ウニをふるまってくれた前述の女性は、夫婦で野菜を育てているその畑に種をまき、味気のない通りに、花で彩りを添えたかったのだと話してくれた。種は、東日本大震災発生直後、ボランティアから譲られた「はるかのひまわり」由来だという。

 「はるかのひまわり」は、阪神淡路大震災で犠牲となった当時4歳の女の子、加藤はるかさんの自宅跡地に咲いたヒマワリから取った“絆の種”。神戸の有志らが、災害のあった地域や、家族を失った人に届けるなどしており、東北にも由来の花が咲く場所は多い。この夫妻もこれまでは毎年、庭でヒマワリを育ててきたのだと話していた。

 どういう前後関係だったろう…話の流れで、女性がふっと遠くを見るような目をしたあと、さらっとこう言った。

 「上の娘が見つかってなくてね、うち」

 なんの覚悟も予想もしていなかった私の胸を、鋭いナイフがヒュッとかすめていったような感じがした。

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