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菅首相「庶民派宰相」の凄腕 裸一貫から2億円蓄財するまで (2/3ページ)

 ◆3年間でローン返済

 菅氏は大学卒業後、小此木彦三郎・元建設相の秘書を11年間務めた。この秘書時代に真理子夫人と結婚、新婚生活の振り出しは木造アパート2階の「8畳2間」だったという。

 38歳で横浜市議選(1987年)に当選すると、横浜政界の実力者だった小此木氏の直系市議として頭角を現わし、“影の市長”と呼ばれるほど市政に力を持った。この時代に資産形成術のルーツがある。その頃、横浜市西区の賃貸マンション住まいだった菅氏は、1992年に同じ西区の5階建てマンションの最上階の部屋(約95平米)を購入した。

 「当時はバブルの名残で不動産価格が高く、相場は7000万~7500万円程度でした」(前出の不動産業者)

 謄本を見ると購入時に住宅ローン保証会社の7000万円の抵当権が設定されている。そのわずか3年後の1995年には抵当権が抹消され、ローンを完済。「3年で7000万円返済」とは庶民にはなかなか難しい計画だ。

 横浜市議の議員報酬は政令都市で最も高いことで知られ、年収は約1500万円だが、報酬を全額返済に充てたとしても3年では届かない。しかも、菅氏は1995年の市議選には出馬せず、1年間の“浪人生活”を送った後、翌1996年の総選挙に神奈川2区から出馬して大激戦の末、初当選した。巨額のローンを返済しながら、総選挙の費用もしっかり用意していたのである。

NEWSポストセブン

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