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【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】旧ソ連の秘密機関「研究所B」 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆さま!

 前にこの連載で、1957年にエカテリンブルクから200キロの距離にあるマヤーク核技術施設で発生した大規模な原子力事故のお話をしたことがありますが、ソ連時代のウラル地方には核の施設が点在していて、それらのいくつかは現在も謎のままです。

 今回は放射線を研究していた秘密機関のひとつで、「研究所B」と呼ばれていた施設についてのお話です。

 その施設は、チェリャビンスクとエカテリンブルクの間にあるスングリ湖内のメンダルキン半島の静かな場所にあり、当時の政府の命令によって、ソ連の科学者やナチス時代にヒトラーのために働き、第二次大戦後に投獄されていたドイツ人科学者など100人以上の研究員が集められ、生物に対する放射能の影響とその除去の方法を研究していました。

 施設内の敷地は有刺鉄線で囲われており、誰も許可なくそこに立ち入ることができず、秘密を守るために通信や会話の際に施設の存在と場所を言及することは固く禁じられていたそうで、科学者たちは大きなサイレンの音を合図に就業開始、昼休み、終業など厳しく統制されながら、スケジュール通りに仕事についていました。

 こう説明すると、そこは恐怖の場所だったように聞こえるかもしれませんが、ほとんどの科学者はその時代について悪い思い出はなかったと言います。

 何しろ、彼らには十分な給料が保障され、何人かの科学者には家族のために宿舎以外の別荘が用意されていました。また、研究用の設備は当時の最新鋭機材が備え付けられており、海外から集められた最新の刊行物を含めた1万冊の蔵書を備えた大きな図書館も提供されました。

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