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【富坂聰 真・人民日報】「アジア版NATO」の勝者は米国一国? 再考すべき「お花畑」の外交思考 (1/2ページ)

 平和ボケという言葉がある。よく使われるのは「力には力を」という原則を理解しない者を嘲る場合だ。底流にある軍事力の否定を「脳がお花畑」と揶揄する言葉だ。だが、そんな主張をする人々の脳は「お花畑」よりましなのだろうか。

 明らかに「ノー」だ。少なくとも第2次安倍晋三政権下の外交は、戦後の「お花畑」を否定するマッチョな外交だったはずだ。結果はどうだったのか。

 長期政権を築いた安倍首相が各国トップから信頼を獲得した成果は評価されよう。しかし一方で対北朝鮮、対中国、対ロシアで成果はあっただろうか。拉致問題や尖閣諸島問題、北方領土問題などハードルの高いイシューで無策ぶりを露呈したのは仕方ないとしても、この間中国が目覚ましい経済発展を遂げ国際社会で存在感を高め、北朝鮮が核武装を成し遂げ、日本の安全保障が脅かされても、米国に頼り、中国に協力を求めるだけだったのは批判されるべきだろう。

 自ら外交という責務を放棄する一方で、北朝鮮は国民の反乱や経済危機でいずれ崩壊する、中国もバブルの崩壊や国際的包囲網で共産党が窮地に陥るなどといった占いにも満たない分析を言い訳にして放棄してきた。すべて現実逃避だ。

 いま眼前にあるのは北朝鮮がその気になれば東京を確実に壊滅させられる極超音速ミサイルを手にし、日々その精度を高めているという現実だ。

 ロシアがこの技術を北朝鮮に渡した背景を考えれば、これが敵地攻撃などで防げる話ではないことは明らかだ。

 つまり日本の安全は、いまや外交でしか守れなくなっているのだ。いや、これはいまに始まったことではない。だが国際社会には、時に日本が現実から目を背けても良いと誤解させる動きがある。

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