記事詳細

【高橋洋一 日本の解き方】学術会議と「学問の自由」の関係 多額の研究予算こそ貢献、政治的な偏りは侵害の恐れ (2/2ページ)

 欧米主要国のアカデミーのように「民営化」すれば、会員は国家公務員でなくなるので、人事は自分たちで勝手にでき、国にとやかく言われることはない。その上で、当面の運営に支障が出ないように、国からの助成を当分続けてもらうのが、学術会議のためでもある。

 それでもイヤで、学術会議の会員は国家公務員でなければ、学問の自由を確保できないと考えているのだろうか。もしそう考えていれば、日本学術会議は欧米先進国から笑いものになるだろう。

 その上で、学問の自由を真に確保するためには、研究予算が決定的に重要だ。研究は外部性があるために、市場経済ベースに乗らない公共財である。もちろん何が有用かは、やってみなければわからない。俗に言う「千に三つ」の世界だ。このため、選択と集中は原理的に無理で、多額の研究予算を用意して、数多くの失敗の上でごく少数の成功例が社会発展の原動力になる。

 本コラムでも書いたが、筆者は、研究開発は未来投資なのだから国債発行による研究ファンド構想を数年前から主張してきた。幸いにも、報道によれば来年度予算で10兆円の研究ファンドの構築が盛り込まれそうであり、それこそが学問の自由に真に貢献する。政治的に偏った日本学術会議は、学問の自由の障害にさえなりかねない。(内閣官房参与・嘉悦大教授、高橋洋一)

関連ニュース