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【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】混乱期の90年代に送った幼少時代 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆さま!

 早いもので、ロシアのエカテリンブルクからお届けする「プーチンの国より愛を込めて」の連載も今月から3年目に突入しました! この連載がいつまで続くかわかりませんが、もう少しの間お付き合いくださいませ!

 さて、近年のロシアは日本のニュースでも取り上げられることが多いと聞いていますが(大抵は良いニュースではないと思いますが、笑)、ソ連崩壊後の1990年代のロシアを知る人はそう多くはないでしょう。今回は90年代のウラル地方と私たち家族のお話です。

 私が生まれた94年当時のロシアは混沌(こんとん)とした時代でした。当時の大統領はウラル出身のボリス・エリツィンでしたが、そのころ彼の地元である人口150万都市エカテリンブルクは、マフィアによって支配されていました。

 私の家族はそこから数百キロ離れた人口4万ほどの小さな町に住んでいましたが、そこでの生活は比較的穏やかで、困難な時代にもかかわらず幸せでした。

 私が生まれる前のソビエト社会主義時代、両親は国から与えられた共同アパートに住んでいましたが、ソ連崩壊後は他の市民同様に国を頼らずに生きていかなければなりません。父は90年代初頭の困難な時代、新しい定住先を手に入れるために他の多くの若い父親と一緒にアパートの建設に参加しました。工事期間中は、みんなで建設現場で一日中過ごしながらレンガ泥棒の手から施設を守り続けて工事を完遂させ、参加した一人一人が3LDKのアパートを手に入れました。

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