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【日本の元気 山根一眞】球磨村の大規模洪水 避難するには「5時間の余裕」があった? (1/3ページ)

 7月3日から4日にかけて「100年に1度」どころではない球磨川の大規模洪水(令和2年7月豪雨)に見舞われた熊本県人吉市と球磨村を再訪した。私が最初に現地入りしたのは7月13日だったが、「巨大災害直後に被災者に声をかけることは控える」ことを自らに課しているので災害発生から約4カ月後に再訪したのだ。

 獨協大学での遠隔授業を動画配信で行っているため、その取材ロケも目的の一つだった。球磨村渡(わたり)地区では14人の高齢者が亡くなった特別養護老人ホーム千寿園の被災が大きく伝えられたが、渡の球磨川沿いの家々は猛空襲の被爆地かと思う惨状が、まだそのままだった。

 千寿園の悲劇は、小川という名の支流に増水した球磨川の水が逆流して発生した洪水によると言われている。渡は球磨川観光の目玉であるラフティング(急流下り)の出発拠点で、ここから下流は川幅が狭い。そのため増水が支流に逆流したのだろう(バックウオーター)。

 だが、洪水を起こすほどの「増水」は「瞬時」に起こるものではないはずだ。報道では「急激な洪水で逃げる余裕がなかった」と伝えていたが、違うのではないか。現地では2つの橋が球磨川に落ちたままで水勢の大きさを物語っていたが、それほどのパワーであっても、増水の推移を事前に察知していれば避難する余裕があったのではないかと感じた。

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