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日本突出で中国擁護 天安門直後のサミット宣言めぐり攻防 外交文書公開 (1/2ページ)

 天安門事件直後の1989年7月14~16日にフランスで開かれた先進7カ国首脳会議(アルシュ・サミット)で採択された中国を非難する宣言をめぐり、日本政府は人権を重視する他の参加国の反発にもかかわらず、表現を弱めようと苦心していた。一方、中国は日本の対応を評価する姿勢も見せていた。23日公開の外交文書で明らかになった。

 議長国のフランスが示した7月4日付の宣言案は、事件を「人権を無視した野蛮な鎮圧」と非難した。閣僚ら要人の接触停止などの制裁措置も列挙した。

 これに対し、宇野宗佑首相は6日、外務次官に「言葉と面子を重んじる国であるから下手をすると逆効果だ」と話し、表現をやわらげるよう指示した。当時、対中融和の姿勢は宇野首相だけでなく政府内で共有されており、経済界なども同様だったとされる。

 ただ、7日の準備会合では、日本が宣言自体に反対したのに対し、他の参加国は必要だと主張。一部の国からは「日本の孤立は世界的批判を招く」との声も上がった。この頃、東欧諸国では民主化の動きが広がっていた。89年はフランス革命200周年にもあたり、欧米では人権や民主主義への意識が高まっていた。

 米政府関係者は、欧州諸国は日本が経済的利益を守るために中国に厳しい姿勢を取らないとみていると伝え、「(宣言で)甘いことを言うと(中国が)1万人の逮捕者をどうするかわからない」とクギを刺した。

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