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【回顧2020】日本書紀編纂から1300年 コロナ禍で日本人が学ぶべきだった事例 (1/2ページ)

 2020(令和2)年は、『日本書紀』編纂(へんさん)から1300年という節目の年であった。12(平成24)年の『古事記』1300年ほど盛り上がらなかったとはいえ、神社界や学界の一部で記念行事や関連講演などが計画されていた。コロナ禍で、ほとんどが中止となった。

 「新型コロナ対策で、それどころじゃない」というスタンスは、確かに理解できる。ただ、幕末以降続いた国難においても、日本人はわが国悠久の歴史を捉え直すことで乗り越えてきた。

 こういう時こそ、『日本書紀』から虚心坦懐(たんかい)に学ぶべきところもあったのではないか。同書には、大規模な疫病に見舞われた際、祭りを取り戻すことで克服した事例も記されている。

 『日本書紀』編纂1200年にあたる1919~20(大正8~9)年には、第一次世界大戦後の経済恐慌のなか、京都帝国大学や東京帝国大学で相次いで大規模行事が開催された。

 両大学の後身である京都大学・東京大学の関係者を多数擁する日本学術会議が今般、貴重な学術遺産である『日本書紀』のそうした意味での継承に寄与した形跡は見当たらない。

 昨今物議を醸している日本学術会議が、教育の現場から『日本書紀』を排除する改革を行ったGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の肝煎りで発足したというのもうなずける。

 本年は終戦75年でもあったが、終戦に際して「国体」すなわち天皇の地位の保全を切に願う臣民(国民)の姿に加え、昭和天皇による知られざる御奮闘があった。

 終戦直後の1945(昭和20)年12月15日、GHQが日本政府に対し、国家や天皇と、神社との関係を断ち切ろうとする、「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(=いわゆる神道指令)を発した。

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