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【「麒麟がくる」外伝】本能寺と武将編(1) 明智光秀の単独犯?複数の黒幕説も 「本能寺の変」で柴田勝家らはどこで何を? (2/2ページ)

 光秀にしてみれば「主殺しは大罪」だから、ほんの一握りの超側近以外には、ギリギリまで黙っているのは考えられること。だから、惣右衛門の感懐は、その意味で大いに共感できる。要するに、あの事件の背景については百家争鳴。そこに、NHKが今回、どういう方向付けをするか。

 それにしても、その時。つまり、天正10(1582)年6月2日の未明、信長の有力武将たちは、どこで、何をしていたのか。信長焼死のニュースをどういう状況で知って、差し当たって何をしようとしたのか。

 今シリーズの連載は、「本能寺の変」時の、5人の師団長(柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、羽柴秀吉、光秀)のうち、当事者の秀吉、光秀を除く3人の有力武将らの動きと、信長の家来ではなく同盟者で、本能寺の変でまさに九死に一生を得た「有力武将」の徳川家康も加える。

 さあ、「4人の本能寺」の始まりである。まずは信長軍団、家老格の柴田勝家から。

 ■松平定知(まつだいら・さだとも) 1944年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、69年にNHK入局。看板キャスターとして、朝と夜の「7時のテレビニュース」「その時歴史が動いた」などを担当。理事待遇アナウンサー。2007年に退職。現在、京都芸術大学教授などを務める。著書に『幕末維新を「本当に」動かした10人』(小学館101新書)、『一城一話55の物語』(講談社ビーシー)など多数。

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