記事詳細

【ジュリア・ミント プーチンの国より愛を込めて】低賃金で激務「限界迎えたある老教師」 (1/2ページ)

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆さま!

 友人の親戚が私をお茶に誘ってくれたのは晴れた冬の日でした。彼らのアパートで友人の70歳の叔父ボリスに会ったとき、私は祖父母のような温かさを感じました。

 ボリスもこの世代のロシア人同様、社会主義の時代からソ連崩壊を経験しながら、多くの困難を乗り越えてきた人でした。彼は元々ロシア北部の石油会社で働いてたのですが、厳しい作業と寒い気候のために肺を悪くしてしまい、55歳で退職して妻とともに地元に戻ってきました。

 しかし、年金だけでは生活していけないため、ボリスが選んだ第2の人生は、学生時代に教育課程を学んでいたことを生かした高等専門学校の物理教師の職でした。ボリスにとって教えることは天職だったようで、彼は生徒たち一人一人の特技や才能を見つけ、献身的に彼らに接していきました。

 でも、一般的に教師の職が低賃金のロシアでは常に有能な若い教師が不足しているので、ボリスが教える科目数は年を追うごとに劇的に増えていきました。その上、仕事が増えることを拒否しなかったボリスでしたので、結果的に彼は1日の大半を学校で過ごす羽目になったのです。

 そして、コロナウイルスが流行した昨年に遠隔教育が始まると、時間外でも生徒に対応できるようにと、朝早くから夜遅くまでコンピューターの前に座り授業を続けていた彼も、ついに家族経由でコロナウイルスに感染してしまいました。

関連ニュース