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【歳川隆雄 永田町・霞が関インサイド】「斬り込む部隊長」菅首相は“大将”として司令部に留まることも必要 走り出したら兵士は追走する以外にない (1/2ページ)

 「菅さんは軍刀を手に塹壕(ざんごう)からはい出て、ほふく前進して敵陣に斬り込む部隊長のようだ」-。政権を立ち上げて4カ月余の菅義偉首相を、こう表現するのは友人のマスコミ幹部だ。

 言い得て妙である。だが、読者には少々の説明が必要だろう。

 旧日本陸軍は、おおむね次のような編成だった。軍司令官(大将)の下に、師団長(中将)、旅団長(少将)、連隊長(大佐)、大隊長(中佐ないし少佐)、中隊長(大尉)など。

 ここで言う「部隊長」というのは、中隊長・大尉クラスを指す。玉砕覚悟で自らが先頭に立ち4個小隊約200人の兵士を鼓舞し、敵の重機銃を浴びながらの突撃である。

 要は、菅首相は、せめて2個連隊と3個大隊を指揮する旅団長・少将であってほしいということである。尉官ではなく将官であるべきだ、と。

 菅首相は最近、新型コロナウイルス感染の急拡大による緊急事態宣言発令もあり、都心のホテルでの朝食会合を自粛している。

 産経新聞に掲載される「菅日誌」には、前日の菅首相の日程が記述される(=まれに隠すこともある)。一時期、毎朝のように「永田町のザ・キャピトルホテル東急のオリガミで首相秘書官と朝食」と書かれていた。

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