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【日本の元気 山根一眞】お詫びしたい30年前の「あのこと」 女優の夢を語った「ピンクの電話」に言い放った冷たい一言 (1/3ページ)

 誰もが、かつて他人に対してやらかしてしまった「あのこと」について、「お詫び」したいと思い続けていると思う。私も、胸の片隅にずっと消えずに残っている「あのこと」がある。それは、NHK総合テレビ「ミッドナイトジャーナル」というニュース情報番組での出来事だ。

 私は、1990年4月2日に始まったこの番組でNHK初の外部キャスターとして、月曜から金曜までの毎日3年間、東京・渋谷のスタジオに通い続けた。

 ベルリンの壁崩壊後の混乱、イランのクウェート侵攻と湾岸戦争の勃発、旧ソ連の崩壊など激動の日々が途切れなく続き、中東やワシントン、モスクワと衛星中継で結ぶやり取りが続いた。平均睡眠時間は3時間程度。しかし、アドレナリン出まくりで疲れを感じることもなかった。

 この番組は報道局と(番組)制作局、さらにドラマの専門家も加わった混成チームで、NHKらしからぬ型破りな情報報道番組を目指してスタートした。報道局のスタジオにアラン・ドロンやデヴィッド・ボウイを迎え、お立ち台を設けて森高千里に歌ってもらったり、衛星を介してポール・マッカートニーとのおしゃべりも楽しんだ。

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